たかげべら

Written by Takahito KIKUCHI

CES2024に行ってきた話 (テクノロジー編)

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2024年1月9日よりネバダ州ラスベガスで開催された「CES2024」に仕事の関係で行ってきたので、その話を2回に分けてお届けします。今回は「テクノロジー編」と題して、展示されていたガジェットやソリューション個別の内容に焦点を当てた内容です。

前編にあたる「総論編」ではイベント全体の感想などを紹介していますので、以下よりご覧ください。

takagerbera.com

超亜自動車 (KIA) 「PV5」

まず最初に紹介するのは韓国・超亜自動車 (KIA) が出展したモジュラー式EV「PV5」。こちらは日経など国内各種メディアでも紹介されているので、見たことある方がいらっしゃるかもしれません。

その特徴は「車体の後半部分を交換できる」モジュール構造を採用している点。運転席とシャーシ部分を共通プラットフォームとし、後ろのパーツだけ換装すればワンボックスカーにも軽トラにもできるコンセプトカーです。

国内各社が電気自動車の開発をこぞってやり始めた2010年代、その行き着く先と言われていたのが「自動車のモジュール化」なのですが、実際は車両剛性や部品間の依存関係に由来する車種間での細かな調整が障害となり頓挫していた印象。しかし、PV5はこれを現実味のある形でクリアできている印象があり、自動車の未来がまた一歩進んだと実感しました。

タタ・テクノロジーズ「次世代 SDV アーキテクチャ」

CES2024では EV だけでなく SDV (Software Defined Vehicle) に関する展示も多かったのですが、一番目を引いたのはインドのタタ・テクノロジーズの次世代 SDV アーキテクチャの展示。

写真のものは NXP セミコンダクター社が提供するコネクテッドカー向けプロセッサ「S32G3」のリファレンスモデルに準拠した構成なのですが、AWS のサービスアイコンがそのまま使用されているだけでなく、クラウド上の CI/CD パイプライン経由で車載ソフトウェアがチップ上にデプロイされる「ソフトウェア業界の普通」が車載ソフトウェアの世界で実現されているのに衝撃を受けました。

車載ソフトといえば、かつてはモデルベース開発や AUTOSAR など OS に近い領域の共通プラットフォーム採用など、あの手この手で効率化を考えては、どれもマイノリティで留まっていた印象がありました。それが自動運転やコネクテッドカーを初めとする「自動車の価値そのものの変化」で、組込みではないソフトウェア開発に近づいたのは感慨深いものがあります。

また、国内企業ではティアフォーさんの展示も興味深く、SDV や自動運転、ADAS (先進運転支援システム) の分野はここ数年活況と言えそうです。

supernal「S-A2」

韓国ヒュンダイグループ傘下の supernal が展示していた電動垂直離着陸機 (eVTOL) のコンセプトモデル「S-A2」は、日本ではまず見れない大型展示として印象に残っています。スーパーカーのような曲線を描く車体はとてもスタイリッシュで、軍用機などにあるクアッドコプターとは一線を画す格好良さ。

eVTOL の展示は他にもあったのですが、supernal は航空交通管制や気象予測と組み合わせた高度な管制シミュレーションを一緒に展示していて、ハードとソフト両面から「空の移動革命」にかなり本気の姿勢が感じられました。

資生堂のビューティーテック

国内メーカーの展示で一番関心を持ったのは、意外かもしれませんが資生堂です。

corp.shiseido.com

CES2024では、テクノロジーの新しいトレンドとして「ビューティーテック」を提案しており、基調講演にロレアルグループ CEO を招くなど重要分野に掲げている事が窺えます。

ロレアルグループの「Scent-Sation (センセーション)」というウェアラブルデバイス。ECG による脳波読み取りで、今の気分に合ったフレグランスの提案に繋げる。

資生堂のブースでは「適切な顔マッサージをサポートする AR ナビゲーション」と「鼻の骨格から未来の肌悩みを予測するアプリケーション」の2種が展示。

特に後者は単眼カメラで深度 (Depth) を取っているだけでなく、パーツ単位で形状を読み込み、機械学習で肌内部の活性酸素との関連性を見いだしている凄い内容。資生堂の研究開発力に脱帽しただけでなく、カメラの解像度が上がったことで、顔のパーツ単位で実用に耐えうる特徴点が取れる時代が来たと、画像処理のユースケースの観点でも衝撃的でした。

aetrex「Albert 3DFit Scanner」

ニュージャージー州の企業・aetrex が出展していた足の3Dスキャナー「Albert 3DFit Scanner」は、ランナーとして触れないわけにはいきません。

2000年代の創業当初から足のスキャン技術に力を入れていたようで、こちらの製品は圧力センサー + 深度カメラ (Intel RealSence) によるセンシングへと進化を遂げている模様。さらに長年蓄積したデータから適切な足形 (ラスト) の靴を提案する AI「FitGenuis」による優良な顧客体験を提供しており、テクノロジーによる垂直統合の今を垣間見た気がします。

MSI「PROJECT ZERO」

CES2024 は CONPUTEX TAIPEI などと同じく自作 PC パーツメーカーも多数出展。昨今は「ピラーレスケース」と呼ばれる、見栄えに影響する箇所の柱を除いた構造のケースが流行の兆しを見せています。CES 内でも多数展示されていたのですが、中でも一番美しいと感じたのは中国・MSI の「PROJECT ZERO」です。

これらのケース群は構造レベルで裏面配線できるのが特徴なのですが、写真一番手前にある「MEG MAESTRO 700L PZ」と呼ばれるPCケースは曲面ガラスを採用しているハイエンドケースで高級感抜群。オブジェとして置いておきたいと思わせる逸品でした。

MIDBAR「AirFarm」

韓国・MIDBAR 社が展示していた空気注入式のプラント「AirFarm」は、数ある植物工場、プラント系の展示でも異彩を放っていたと言っても過言ではありません。

不織布のような素材の土台に肥料等が混ざった専用の薬剤を空気と一緒に注入し、どんな場所でも植物工場が出来るソリューションなのですが「総論編」で述べた「適応力、回復力 (Resilience) 」を担保する製品として、大変印象に残っています。PV を見る限り途上国や砂漠地帯など悪環境下での利活用が想定されているようで、今後の展開に期待が持てますね。

大阪大学ジャパンバイオデザイン「Cool Flash」

「総論編」で紹介した関西地域のパビリオン「JAPAN TECH」内に展示されていた、大阪大学ジャパンバイオデザインで生み出された製品「Cool Flash」は、今回見た中で優れた産学連携事例だったため紹介します。

coolflashjapan.wixsite.com

こちらの製品は更年期障害の一つとして知られている「ホットフラッシュ」の軽減を目的としたもの。ネックスピーカーのようなデバイスから微弱な電波 (ECG) で神経に働きかけ、非侵襲かつ薬物不要で症状を抑制するそうです。

医療機器は「症状」という明確すぎるペインを起点に製品開発がされるため、どうしても「治療」「回復」が優先度最大として扱われがち。しかし、こちらの製品は「日常で使えること」をコンセプトに開発されており、外装も含めてバイオデザイン*1のアプローチが随所に感じられます。

ブースにいらっしゃった同大学の八木先生とも少しお話させていただいたのですが、技術と市場ニーズのバランスを取って開発するのは難しいと改めて思います。機会があれば、八木先生とはもう少し深い話をしてみたいところです。

テックマジック「I-Robot」

CES2024では調理ロボット (フードテック) を専門に扱ったエリアも存在し、国内企業からはテックマジック社が「I-Robot」と呼ばれる調理台一体型ロボットを展示していました。デモンストレーションで豚肉のカシューナッツ炒めを全自動で作っており、見ているだけで食欲が...。

調理ロボットを扱うブースは概ね「調理手順の省力化」か「料理の自動調理・販売」のどちらかをコンセプトとしており、テックマジック社の製品は後者をコンセプトとしていた印象。決して華やかさは無いものの、現場目線に立って作られた日本らしい品物で私も含めて足を止める方が多かったです。

同様のコンセプトではアメリカ・Yo-Kai Express などが同エリアに出展。Yo-kai Express 社は一時期、東京駅に全自動ラーメン調理マシンを置いていたので、知っている人がいるかも。

Yo-Kai Express 社の全自動ラーメン調理マシン。

Embodied「Moxie」

最後は米国・Embodied 社が開発した子供用コンパニオンロボット「Moxie」です。子供の IQ (知能指数) と EQ (感情指数) の教育に役立つ独自の人工知能「Moxie AI」を搭載していると謳っています。展示自体は Amazon.com のブースにあったため、発話には Alexa を応用しているのが窺い知れます。

CES2024ではこれに限らず「人間をアシスタントする AI 搭載型ロボット」の展示は多数見られ、自動車分野とは別にブームの兆しが。2023年に盛り上がった生成系AIの影響で「決まった回答ではないキャラクターらしい回答」の実装ハードルが劇的に下がったのが背景にあると考えてます。

また「不気味の谷」を克服するやり方に各社工夫が見られ、LG エレクトロニクス社の「Q9」のようにロボットであることを全面に押し出したものもあれば、AiLife社の「XOIE」のように人間に寄せたもの、そして Moxie のように顔を液晶にすることでアニメーションで表情を表すなど、コンセプトの差を観察するのが大変面白いです。生成系AI だけでなく人とのインタフェースがどのように進化するかも見物ですね。

LG エレクトロニクス社の「Q9」。Moxie と異なり見た目からロボットなのがわかる。

AiLife 社の「XOIE」。コンセプトは大阪大学 石黒先生のジェミノイドに近い。

おわりに

個別に紹介したもの以外にも、大手企業やベンチャー問わず現地で展示を多数拝見しましたが、総論編で述べた通り「使用されているテクノロジーそのもの」の劇的な進化を感じられる内容は少なかった印象です。

特に量子コンピュータやニューロコンピューティングなど、海外でないとお目にかかれない展示の存在を期待していたのですが、残念ながらこれらを取り扱ったブースはほぼ存在せず。民生品になるにはまだ乗り越えなければならない壁があるのだろうと実感しました。

それを差し引いてもハード、ソフト双方でテクノロジーの今後を占う場面に足を運べたのは大変貴重な経験だったので、また機会があれば CES に足を運んでみたいと感じています。

*1:スタンフォード大学のポール・ヨック教授が提唱した、デザイン思考をベースとする医療機器開発手法の一つ。医療現場特有のニーズ収集メソッドや市場分析が含まれる実践的な内容となっている。